これとなく小豆島

映画、二十四の瞳のロケ用に作られた田浦分校。せめて天気が良ければねぇ…

映画、二十四の瞳のロケ用に作られた田浦分校。青い空に青い海が一緒やったらなぁ…

体育の日の絡んだ連休に小豆島へ行って来た。最初は体育の日らしく自転車で神戸からフェリーに載って行く予定やったのが、当方のボヤキに恐れをなした知人が車で行く方針に変更。チャリでの苦行をそれなりに覚悟していた当方にとってはちょっと「肩透かし」食らった格好になったが、とれもゴソゴソ準備していた二ヶ月ほど前のこと。出発当日は完全に極楽殿様観光モードになっていた。ただ、気になるのはやはり空模様。人事を尽くして天命を待つ同行者にとっても、こればっかりはどうしようも無いのであった。また、同様にこればっかりは極楽殿様観光モードにあった当方のメンタルにも多大な影響を与える事となった。(^o^)/

つーことで、10月9日22:00に中河内某市を出発。当年とって13歳になる同行者のバモス号は人間で言うたら65歳くらいか、そんな老体にチャリから釣り道具からカメラから三脚からアウトドア用品まで無慈悲に詰め込み、国道25号から43号を経て三宮フェリーターミナルへ走らせた。

手続きを済ませフェリーに乗船すると「ほぼ満席」である。ザコ寝部屋もほぼ一杯で、船内のフロアにも人が溢れている…。その瞬間、二十数年前、お盆の高知行きフェリーの惨状とその時に得た知恵を思い出したが後の祭り。一夜をロビーにマットを敷いて過ごす事になったが、これが意外と居心地が良く、缶ビールとかっぱえびせんの効果もあり、そこそこ寝ることが出来た。

船は翌朝5:00頃に高松に着く、少し前になると下船する人で船内もざわつき始めるので目が覚める。ちょうど、向かいで同じようにザコ寝されていた輪行バッグをもった方と少し言葉を交わしたが、高松でうどん屋巡りをしてトンボ帰りに神戸へ戻るらしい。当方より少し歳上の様に見えるが、なかなか馬力がおありのようで羨ましい限りである。

高松で乗客を降ろすと、船内客室にはかなり余裕が出来た。と言うても小豆島まであと二時間程度。ごそごそ、うとうとしているうちに坂手港へ入港の運びとなった。港へ着くと、直ぐ前の観光案内所で観光オススメポイントとマップと貰いコンビニの場所を聞いて朝食の調達に向かった。その後、最初の観光地、映画、二十四の瞳の舞台となった田浦分校へ向かった。田浦港の丁度前に分校が「岬の分教場 /> 」として保存されている。この後訪れた映画のロケセットの校舎と違い、こちらは本物の校舎であるが、それだけに現実的過ぎるロケーションと、良くある案内板が「センチメンタリズムや想像力」と言ったものの発揚を抑止している様に思える。商業主義に毒されているのかも知れないが、人それぞれにその内面から何かを生み出すパワーを持った芸術と言うのは良く出来たものである。

分教場と映画村のあとは島を反時計周りに大阪城石垣石切場へ向かった。最初、同行者が小さな案内板を見つけ、その標識に従い少し入ったところの丁場は草むらの中のどえらいところで、ひょっとしたらこれか? と思える石しかなかったが、そこをでて国道に戻り、少し福田港の方へ走ると立派な石切り場があった。ここは天狗岩石丁場と呼ばれるところで高さ17m、推定重量1,700トンの天狗岩 をはじめ数多くの石を切り出した種石が見られた。この先の小海にも大阪城へ運ばれた石に関する資料館(その名も大阪城残念石記念公園)があり、そこでは石垣用に切り出されたものの、出荷?されることなく放置された残念石なる石についての説明があった。この記念館の少し先から北岸ルートに別れを告げ寒霞渓に向かうべく南へ進路を取ったが、島の北側は海岸線から直ぐに山となっており、車で走っていてもかなりの高低差を感じた。それに今でも石切り場か採石場か土取り場の様なところが多くあり、それを生業にされている方も多いように感じた。

寒霞渓に向かう途中、滝見をしようと言う当方の希望で銚子の滝へ立ち寄った。近所のドライブインの様なところで場所を聞くと、滝への道は整備されておらず、マムシも出るでと脅かされたが、何の変哲も無い散歩道だった。しかし、滝へ着いて写真を撮ろうと思ったら三脚へカメラを取り付けるプレートが無い。車から三脚を取り出すときにどこかに引っ掛ってはずれたんやろなと思ってたら案の定やった様である。う~ん、残念無念。同行者が親切にも車まで取りに引替えしてくれたが、ここはあっさり諦めて適当にパチリ

さらに寒霞渓に向かう途中、四方指と言う標高776mの小豆島最高峰と思われる場所の展望台を尋ねた。しかし、雨が降らんだけマシやなぁ…としか言いようのない曇り空。滝に続いてテンション劇下がり…。そして、寒霞渓に到着。こちらも当然、絶景は望めず。せっかくの日本三大渓谷も水の泡である。今年も週末悪天候に悩まされるのか、来週は大台へ滝見の予定と言うのに…。

この後、小豆島と言うたらそうめんやろと言う当方の提案で、道の駅近くの製麺所で製造直売そうめんを頂く。なかなか、コシもあり、喉越しもグー。勘定を済ませ、土産を購入すると共にお世話になっている知り合いへの発想をお願いし、中山の棚田へ向かった。ところが、こちらはやや期待はずれ。先日カヤックスクールの帰りに訪ねた下赤坂の棚田や稲渕のそれに比べると…。殆どの田が稲を刈った後で籾殻か何かを焼いた後で黒くなっていたりと、たわわに実る黄金色の稲穂が…のイメージに程遠かった。何事もタイミングかぁ。

これで、初日の予定は終了。少し早いが宿へ向かうことにした。お世話になったのは土庄港のメインストリートに面したマルセ本館さん。素泊まりで1名3,180円と格安料金。娘さんなや息子さんが別館でバリバリ儲けてはる様なので、ちょっと古くなった建物で隠居したおばーちゃんが言葉は悪いが道楽半分、ボケ予防半分の採算度外視で営業されているのかも知れない。そんな訳で拘りのある方には設備面などで少し不満があるかも知れないが、我々貧乏人には十分である。帰りにはお土産も頂いたし、安く上げたい方にはオススメの宿であります。

到着後、少し休憩してから少し離れた夕食ポイントへチャリで向かった。距離的には1.5kmほどとブラブラ行っても良い距離かと思ったが、やはりチャリは楽チンである。帰りに釣具やでエサと仕掛けを購入してから、宿へ戻り、翌朝早めの出立に備え先に宿代の支払いを済ませ、次のお店へ…。


翌日は6:00に起きて早々にチェックアウト。昨日、釣具屋で教えて貰った小江漁港へ向かう。どこで竿を出すか迷ったが、港でお会いした地元の方に教えて貰った場所で竿を出してみると、これが結構エエ感じ。第一投からアタリがあり、軽く合わせると10cm前後のチャリコさん。その後、同行者ともども20cm超のベラさんを中心にマズマズの釣果となったが10:30頃には潮が川の様に流れ出し、釣りにならなくなったので納竿。獲物は隣の釣り座の方にお引取り頂き、坂手港への移動かたがた最後の島内観光へ。

土庄の市街地へ戻り、雨も振る中、世界一短い海峡渡れないエンジェルロードを見学し、坂手へ戻りマルキン醤油の工場見学、佃煮工場で佃煮ソフトを喰らい、昼食にオススメの大阪屋さんで「ひしお丼」、言うたら海鮮丼ですな、を頂き、少し早めの13:00頃に坂手港に到着しました。

帰りのフェリーまで3時間弱、ちと時間をつぶすのが大変でしたが、何がムカついたかと言うと14:00過ぎ頃から急激に天候が回復 し日が差して来たこと。帰宅後、二日間の日照時間を調べると実質0.2時間と言う惨憺たる結果でした。これに追い討ちを掛ける様に、翌日も我が家付近は時々雨が降る始末。洗濯や後片付けの邪魔にもなりムカツク事この上なし。さらにその上、出勤日の14日はドぴーかん。アメリカやったら銃乱射してるわ。

Body:Olympus E5
Lenz:ZUIKO ED 12-60 SWD F2.8-4.0
iso:200
ap:4.5
ss:1/1250
fl:46(92)
eb:0.00
soft:DxO Optics Pro9.0


いつも通りボヤきまくりでしたが、それなりに楽しい週末でした。アホみたいに土産も買うたし、少し若かりし頃を思い出したりもしました。(*^o^*)

オマケで醤油サイダー。現地で飲んでマズマズかなと思い、買って返りましたが、飲んだ老人が曰く、普通のサイダーや…。味覚音痴にはムダな出費でした。

天狗岩の大きさを想像して下さい。切り出し前の石も残る種石。小豆島は細川家の領土やったらしいですが、石の切り出しは黒田や加藤、藤堂なども命じられています。細川家だけに経費を集中させないためだったのか、有力大名衆の経済力を疲弊させるためだったのか、極悪徳川の謀略ですな。

カテゴリー: ぼやき, 写真, 歴史, 生活 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です