福知山線廃線跡ウォ-ク

旧福知山線跡を辿る廃線ウォーク。トンネル内ではちょっとした探検気分も味わえます。 iso6400でも十分実用範囲なのがフルサイズの魅力でしょうなぁ。E5は好きなんですけど、1600辺りが上限に様に思います。もちろん状況によりますけど…。

旧福知山線跡を辿る廃線ウォーク。トンネル内ではちょっとした探検気分も味わえます。
iso6400でも十分実用範囲なのがフルサイズの魅力。

今回は大英博物館展、廃線ウォーク、元町中華街巡り、三宮ガード下で一杯、の合同イベントのため車では無く電車を利用。別に合同にする必要も無いと言うたら無いのだが、「朝からスタートしたい」と言う暗黙の了解のもと、こういう形となった。ちゅうことで、集合は生瀬駅に午前7:30。もちろん同行者である南河内の住人の最寄り駅の始発時間に合わせての時刻設定である。

当方の最寄り駅から生瀬までは約1時間40分程度、放出で乗り換え、東西線経由で尼崎から宝塚、生瀬と普通列車で1時間ちょいの長旅。電車も都市部を過ぎ猪名川辺りに来ると、車内の暖気を逃がさないため、乗降用のドアは手動で開閉できるようになる。外気温がどれくらいあるのか解らないが、ここ数日、寒波で冷え込んでいるのでかなり低くなっているのかも知れない。乗車してきた小学生が、ポケットから取り出したカイロを手に、友達とごそごそやって遊んでいる。この時間帯に日常的に電車を利用する機会が無い事もあり、なにか微笑ましく感じられたので少し眺めていたが、半ズボン姿にカイロと言うのがどうもアンバランスである。制服とは言え、もうちょっとなんとかならんのかいなと感じた。

そうこうするうち、電車は生瀬駅に到着。着いたら駅前のコンビニで朝食でもと思っていたが、駅前には何も無い。宝塚の一つ先の駅なのだが、とんでもない田舎と言うかなんと言うか…。そして、こんな田舎の駅前に土曜日のこんな時間に多くの人が居てるハズがない。すぐに知人を見つけたので仕方なく朝食抜きで即出発。

地図を見ると廃線跡へは国道176号線を少し武田尾方向へ進み、中国道の高架橋をくぐった辺りから川の方へ降り、入って行く様なので、その方向へボチボチ進み始める。国道を少し進むと廃線跡へ向う人のためだと思われる看板を見つけた。はっきり覚えていないが、それには「廃線跡へは30mほど先を川の方へ下っていくのだが、国道は通行量が多いので少し先の信号を渡ってから戻って下さい」と言うようなことが書いてあったと思う。

具体的には木の元バス停のところの信号を横断し、少し戻ってから川方向へ坂を下りていくのだが、先ほどの看板の意味を良く理解していいなかったので、信号渡り、右斜め前方へ進むと言う間違いを犯してしまった。生瀬から廃線跡へ入って行く場合は、国道を武田尾方向へ向い、中国道の高架をくぐった少し先のこんな風景のところを川方句へ下ると難なく廃線跡入り口へ辿り着くことが出来る。

入ってしまえば、もうあとは一本道を歩くだけである。まだ、枕木も残っているし、付帯設備も一部残っている。特に武庫川を渡る橋梁はその最大のものだが、残念ながら橋梁上の軌道跡は渡れない。軌道の脇にある保線作業用の歩道跡?を渡ることになる。

それにしても寒い。歩くので少しはマシかと思いつつ、山道では無いのを考慮して枚数を着てきたが、写真を撮りながらタラタラ歩くので全然体が温まらない。一つ目のトンネルを過ぎ二つ目の短いトンネル辺りまでは知人も遅れる当方を待っていてくれたが、その先は寒いのでどんどん歩き続けたらしい。時間的にもまだ太陽が低く、谷あいの廃線跡には日が差すところも少なかった。結局、知人はは終点の日当たりの良いベンチで待っていてくれた。

所要時間は約3時間。距離にすると8kmちょっとなので異様に時間が掛かった事になる。写真を撮らずに普通に歩いたら90分くらいと言うところだろうか。そう考えると、先行していた知人に少なくとも60分くらいはお待ち頂いた事になる。かたじけない限りであります。

当初の予定ではこの後、有馬温泉でひと風呂浴びる予定にしていたのだが、ちょぃと予定がオーバーしたこともあり三田から神戸電鉄で新開地へ、そして元町へと出て、中華街で昼食を取り、神戸市立博物館へ向った。博物館では丁度良い具合に14;00から講演会があり、それが始まるまでの1時間ばかり、ホールで午睡を取る事が出来た。そして、この講演がなかなか面白かった。展示品に関する学術的な話かなぁと思ったが、スペイン、ポルトガル没落後に台頭したイギリスの歴史やその文化をテーマに、それを博物館とそこに展示される収集物を通して説明するというスタイルであった。

西洋列強がアフリカ、アジアを植民地化するのは18世紀終盤から19世紀にかけて始まると、講演者の指教授も仰っており、その時期は講演から外れていたとは言え、当方が持っている近世以降の諸悪の根源のひとつとしての大英帝国のイメージは感じられない話だった。

ま、何が悪で何が善なのかは、その時々の観念や価値観に拠るので21世紀のルールを18世紀に摘要するのはルール違反やねんけどね。

講演も終わり、展示品の見学も終わり、博物館を出るともう暗くなりかけていた。JRのガード下を元町までブラブラ散策し、三宮まで戻り軽く一杯飲んでミナミへ戻った。以前、行きそびれた日本橋のおでん屋へ行って見たが、満員で入れず。千日前で粉もん喰って、最後は旧歌舞伎座ウラ辺りでグラスワインとチーズを楽しみイベント終了。

Body:Nikon D610
Lenz:AF-S NIKKOR 18-35 F3.5-4.5G
iso:6400
ap:6.3
ss:1/15
fl:38mm
eb:Modified
soft:DxO Optics Pro9.0


生瀬側の廃線跡入り口部

生瀬側の廃線跡入り口部

そう言う事なんですか。

そう言う事なんですか。

右手に武庫川を眺めながら歩く。しかし、寒い、そして流が清くない…

右手に武庫川を眺めながら歩く。しかし、寒い、そして流が清くない…


付帯設備も残っている。

付帯設備も残っている。

紅葉も残っている。

紅葉も残っている。

この橋梁は軌道跡を渡りたかった…

この橋梁は軌道跡を渡りたかった…


武田尾側にも立て札が…。

武田尾側にも立て札が…。

それにしてはこの標識は? 親水広場なんて場所もあったな。

それにしてはこの標識は?
親水広場なんて場所もあったな。


そして紅葉がお出迎え

そして紅葉がお出迎え

最後は紅葉のトンネル。

最後は紅葉のトンネル。

武田尾駅もトンネルの中でした。

武田尾駅もトンネルの中でした。

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