佐渡へ・・・金北山

金北山から望む佐渡中心部と田園地帯。

金北山山頂から望む両津湾(左)と真野湾(右)加茂湖と佐渡空港。ここからは佐渡の中心地が見渡せる。中央の水田地帯の中にトキが飼育されているトキの森公園がある。ジェンキンスさんは真野湾に近い水田地帯の端の辺りにある佐渡歴史伝説館に。

きんぽくさんと読む。単純に考えたら金山の北にある山やから金北山と言う事なのだろか。数年前まで山頂には金率いる北朝鮮の独裁国家の暴力に備えるため1)実際は戦後にGHQがソ連にそなえて建設運用していたらしい。昭和35年に当時の航空自衛隊に移管された。出典ウィキペディア防衛省のレーダーサイトが存在した。ひょっとしたら金北の由来はこっちかも知れない…。(^-^)

もう8月も終わりを迎え、セミの鳴き声を聞くことも殆ど無くなり、飛び交う蜻蛉を目にする様になったが、暑さ真っ盛りのお盆は二十数年ぶりに佐渡を訪ねた。前回は三条市でダイビングショップを営む知人の案内でコブダイの弁慶を訪問したが、今回は知人のキニスキー氏が佐渡へ行きたいということでそうなった。なんで佐渡やねんと言うと「行った事が無い」と言うのと「ジェンキンスさん2)帰って来て調べたら氏は朝鮮戦争時の脱走兵やったらしい。妻である拉致被害者の曽我さんが帰国された後、来日し佐渡に住む様になった様だ。そして、それに際し在日米軍に投降し軍法会議で不名誉除隊と言う特別待遇?を受けているらしい。に会いたい」と言う事やった。当方は佐渡へ行くんやったら前に泊った宿のオバチャンに会いたいなぁと言う事と、トキさんを見たいなぁと言う事くらい。

そこで、佐渡行きが決定した時点で三条の知人に連絡を取り、宿の手配をしてもらった。なんか、オバチャンは体調を崩している様で、最近はあまり家業にも力を入れていない様子なのが気がかりであるが、とりあえず手配も無事終了となった。

金北山は当初の予定には無かったのだが、どっか面白そうなところは無いかいなと訪問を前に佐渡について調べている時、ふと佐渡の最高峰はと思い立ち、調べるとそれが金北山だった。標高は1171.9m、キニスキー氏の地元の金剛山のそれが1125m。ほぼ同じ標高であるところも何かの縁かも知れない。それに、ほとんど頂上付近までは車で行けるし、そこから山頂までは防衛省の管理道路を利用すれば比較的お手軽に辿り着けそうなこともあり、今回の佐渡でのイベントには丁度エエ感じかなと判断し、早速、防衛省へ道路利用許可を申請しこちらも準備完了となった。

この日、8月12日は佐渡へ到着した翌日で前夜のアルコールが残っていなかったら早朝出発も可能かなと思っていたが、どちらかと言うと寝坊した上に宿が半分休業モード3)宿の裏がゴロタのビーチになっており、そこで体験ダイビングや講習が行われており、そのための施設と言う機能がメインの様だった。性格は相変わらず元気なオバチャンやったけど、崖から落ちて骨折しボルトが入った膝には相当悩まされている様子でした。年齢的には当方の母と同じくらいやと思うのだが、まぁどっちも性格的には元気なので何よりです。オバチャン、いつまでもはムリやけど元気で居ってな。!だったので朝食を取ったのは9時前くらいやったかも知れない。前夜のうちにオバチャンにオニギリを所望しておこうかと思ったが、翌朝でもエエかと思い、朝になってお願いしたら、その分まで米を炊いてないとの事で敢無く却下された。途中にコンビニがあるからそこで買えば良いとのお言葉を頂いたが…。

宿は佐渡の北半分の東海岸にある。コブダイの弁慶が居てる北小浦を少し南に下った弁天島?のある辺り。ここから金北山へ行くとなると、南下して両津を経て大佐渡スカイライン経由で車で到達できる最高点白雲台交流センターへ向うのが一般的かと思っていたのだが、知人のナビが示したルートは佐渡の北端をぐるっと回るルート。距離的にはこっちの方が近いのかぁ…と思いつつ一抹の不安もあったが、とりあえず北を向いてスタートした。

途中、二つ亀を見物4)いつものキニスキー氏なら上まで登ろうと言うかと思ったが、この時は静かだった。し、外海部を一路南下した。この時は未だナビが示すルートが大佐渡スカイラインを経由するルートだと思っていたのだが、進むにつれてそうで無い事が判って来た。それに探しているコンビニがなかなか現れない。そのうちあるやろうと期待しながら海沿いの道路を走り続けると、前方にトンネルが現れ、ナビはその手前で海の方へ曲がれと言う。そんな道は見当たらんのでトンネルを行くべしと直進すると、入り口の手前で海岸線に沿って走る道があるのがチラっと見えた。比較的新しいトンネルなのでバイパスなのだろうと理解しそのまま直進すると、どうもナビが示していた道はその海岸線から山間部へ入り込んでいる様だった。

んな訳で道を間違えたのだが、コンビニも無く昼メシも手に入っていないので、コンビニを探しつつそのまま南下し、大佐渡スカイライン経由で入ることになったが、佐渡金山の手前辺りはそこそこの町並みであったにも関わらず、結果的にコンビニは無く昼食を購入することができなかった。う~ん、悪い予感は良く当たるのだろうか。

白雲台に到着したのは10:30頃か。ここからは防衛省の管理道路を利用して金北山へ向う。利用許可を貰うのに電話したときに応対に出られた隊員の方の話によると往復3時間程度との事。ま、戻って来て山を下り、次の予定にもよるが、なんとか昼メシにはありつけそうなタイミングではある。しかし、油断は出来無い。放っておくとキニスキー氏はこれ幸いと昼食抜きを企んでいるのである。5)知人は苦行が好きなのと昼食なしがデフォルトなのが難儀なところ。せめて昼食を取る一般人に積極的な配慮があれば良いだが…。とは言え、喰うといえば拒否はしないし、普通に食べる。そして喰いすぎたとのたまう。これは不思議なところである。まぁ、食い物と金がからむと当方も含めて全ての人間はちとおかしな行動に出るものである。これも生物としての生存本能なのだろう。

防衛省の管理道路は快適そのものである。今でこそ金北山山頂のレーダーサイトは無くなったが、隣の妙見山に新しく建設されたガメラレーダーがあり、金北山との間にあるもうひとつのピークにもなんらかのレーダーサイトらしき施設がある。それらの施設を繋ぐ道路であり、人や物資を運ぶトラックやバスも通るのだから徒歩で歩く分には何等問題ない。適度な斜度があり、飲みすぎたかも知れない昨夜のアルコールを抜くには丁度良い。歩いているとオニヤンマが飛んでいる。子供の頃、街中ではシオカラトンボ程度しか捕れず、蜻蛉が噛むとは知らなかった。近くの山へ行った時、初めてオニヤンマを捕獲し、網の中に納まったそれを手づかみしようとした時に始めて蜻蛉に噛み付かれ驚いた記憶がある。そんなことももう半世紀近く前の話…。

セミも鳴いていた。関西ではあまり聴く事の無い鳴き声だったが、「ミンミン」と聞こえたのでミンミンゼミだろうと思う。餃子の眠々ではないだろう。空も抜ける様な青空に白い雲が尾を引く様に見える。キレイな飛行機雲も出ている。6)飛行機雲が出ると下り坂と言うが、それはちと困るなぁ…登り始めた最初はコンクリート舗装だった道路も少し進むと砂利道になる。どこから持ってきた砂利なのか解らないが、赤っぽい火成岩が目に付く。山の斜面の地肌が露出したところも結構赤っぽいところが多いので近辺から持って来たのだろうか。そこまでキレイなピンクでは無いが、こんな岩や土、砂が堆積したら阿蘇ピンク石みたいになるのかなとふと感じた。

登り始めて約1時間で金北山山頂に到着した。今でも機器を取り外されたのレーダー施設跡が残っている。その施設跡の中に小さな神社があり、そこが山頂の様である。三角点を探してみたがそれらしいものは見つからなかった。山頂の少し下に当たる見晴らしの良い広場状のところで家族連れの方が昼食を取られていた。我々が山頂から広場のへの階段を下っている時にすれ違ったのだが、おばあちゃんからお孫さんの三世代でのハイキングの様だ。適度に体を動かして、美しい景色を見ながらお弁当を食べて、楽しいひと時を過ごす。素晴らしいなぁ…と感じた。

白雲台への下りは予想に反して1時間弱を要した。交流センターの展望台からも両津市や両津湾、真野湾が一望できるが、金北山山頂からのそれに比べると比較にならない、眼下に見下ろす角度が全然違う。地図で調べると330m程の高度差がある。この差はかなり大きいと言うことだ。心地よい汗をかいた我々はひとまず白雲台を後にした。

続く…

Body:Nikon D610
Lenz:AF-S NIKKOR 18-35 F3.5-4.5G
iso:100
ap:7.1
ss:1/250
fl:18mm
eb:0.0
soft:DxO Optics Pro10.0


金北山山頂への入り口。ここからは防衛省の管理道路を利用する。

白雲台にある防衛省管理道路の入り口と金北山山頂。

管理道路入り口

ロープを潜って入場する。電話で隊員の方も言うてたけど、見張りが居てる訳では無い。民度が問われる措置ですな。

ガメラレーダー

妙見山山頂にある三菱電機製のJ/FPS-5アクティブ・フェーズド・アレイ
・レーダー。どんなもんかって?知ってる訳無いやん。ここ以外に全国3ヶ所に配備。


ガメラレーダーと飛行機雲

ガメラレーダーの上空を通りすぎる航空機。彼の眼にはどんな風に見えているのかな。

妙見山頂ガメラ発もうひとつのサイトへ

レーダーサイトを出発したバスは我々を追い越し、金北山と妙見山の間にあるピークの施設へ。

金北山ともう一つのピーク

妙見山山頂の施設を出たバスは左側ピークにある施設に向った。


ふたつの施設

妙見山山頂のガメラレーダともうひとつのピークにある施設。道路は非常に歩き易い。

金北山山頂

2009年までJ/FPS-2が稼動していた。現在機器は撤去され、建屋だけが残っている様子。右手を巻く様に山頂への階段がある。

山頂にある神社の社を施設跡

外壁はトタン板一枚に見えるが、断熱処理は…。厳冬期は大変やったでしょうなぁ。頭が下がります。

References   [ + ]

1. 実際は戦後にGHQがソ連にそなえて建設運用していたらしい。昭和35年に当時の航空自衛隊に移管された。出典ウィキペディア
2. 帰って来て調べたら氏は朝鮮戦争時の脱走兵やったらしい。妻である拉致被害者の曽我さんが帰国された後、来日し佐渡に住む様になった様だ。そして、それに際し在日米軍に投降し軍法会議で不名誉除隊と言う特別待遇?を受けているらしい。
3. 宿の裏がゴロタのビーチになっており、そこで体験ダイビングや講習が行われており、そのための施設と言う機能がメインの様だった。性格は相変わらず元気なオバチャンやったけど、崖から落ちて骨折しボルトが入った膝には相当悩まされている様子でした。年齢的には当方の母と同じくらいやと思うのだが、まぁどっちも性格的には元気なので何よりです。オバチャン、いつまでもはムリやけど元気で居ってな。!
4. いつものキニスキー氏なら上まで登ろうと言うかと思ったが、この時は静かだった。
5. 知人は苦行が好きなのと昼食なしがデフォルトなのが難儀なところ。せめて昼食を取る一般人に積極的な配慮があれば良いだが…。とは言え、喰うといえば拒否はしないし、普通に食べる。そして喰いすぎたとのたまう。これは不思議なところである。まぁ、食い物と金がからむと当方も含めて全ての人間はちとおかしな行動に出るものである。これも生物としての生存本能なのだろう。
6. 飛行機雲が出ると下り坂と言うが、それはちと困るなぁ…
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佐渡へ・・・金北山 への2件のフィードバック

  1. 雲隠平蔵 のコメント:

    南無阿弥陀ではなく南無大師遍照金剛
    コレ重要です(´・Д・)」

  2. admin のコメント:

    すんません。
    南無妙法蓮華経とはちゃうから南無阿弥陀仏やろと書きながら、なんかちゃうなぁ…と感じておりました。そう言うたら数日前、穴禅定テレビでやってました。あのおばちゃん先達やってはりましたわ。しかし、カメラマンがカメラ持って入るのになんと言うたのかそれを聞きたかった。

    コメントを頂いたのはそっち時間で深夜の1:00頃かと思うのですが…。
    あらためて、治安と健康には留意して下さい。

    ネット環境はどないですか?マズマズやったら画像BBS設置しますけど…。

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