佐渡へ…ジェンキンスさん、宿根木、北前船

宿根木港、船つなぎ石、たらい舟

往時は千石船が入港したと思われる宿根木港。今は小さな漁港と言う感じ。手前の石柱は千石船が繋留された船繋ぎ石。観光たらい舟が営業してました。

昨晩は少し飲みすぎた様に思う。途中トイレに立ったとき。空を見上げたが一昨日の夜ほどはっきりと星が見えた記憶が無い。最初の夜は月明かりがあったにも関わらず、うっすらと天の川が見えたし、流れ星も見る事が出来た。そして、昨晩はなんちゃら流星群がピークやと三条の知人が言うてたので、それが見えるかなとも思ったのだが…。星空を見上げた記憶は今でも確かにあるのだが、何が見えていたかの記憶が無い。

サイズは小ぶりながらも牡蠣、サザエ、あわびなどの刺身に生ビール、日本酒、洋酒が進み、若い人のエキスも加わって飲みすぎた様だ。いつ寝たのかも記憶が無いが、差し込む朝日の暑さと眩しさで眼が覚めた。今日で佐渡ともお別れである。本日のご予定はジェンキンスさんとたらい舟である。口にこそ出さなかったが、復路のフェリー出航時刻が1600過ぎなので時間は無茶苦茶余ると思う。

昨日のキスの塩焼き1)もちろんむちゃくちゃ美味かった。出来れば15尾ほど釣れてたら良かったのだが…で朝食を済ませ、荷造り、清算を済ませて宿を出た。三条の知人とはここでお別れである。と言うても、彼は昨日も今日もダイビングのお客さんがあるので日中は全くの別行動。今回は宿の代理店、且つ、三条案内担当添乗員みたいなもんですかな。土産物の紹介や馬場さんの実家2)前に来た時も紹介して頂きました。過っては八百屋さんを営んでおられましたが、今は廃業されている様子でした。馬場さんにまつわるエピソードも二三紹介してくれました。も紹介して頂きました。

宿からは順当に南向きで両津方面へ向かった。もう特に立ち寄るところも無いのでジェンキンスさんに一直線である。昨日、訪れたトキの森公園の近所を通って車は走る。昨日のトキを今日に回してたらなぁ…との思いに後ろ髪を引かれつつ、やって来たの<a href=”http://sado-rekishi.jp/”>佐渡歴史伝説館</a>。ジェンキンスさんはここの売店で働いているらしい。本来、この施設は佐渡の歴史を紹介するのがメインなのだが、目的はジェンキンスさんなので、入場料が必要なところはスルーして土産物売り場へ直行。

何が楽しいのか解らんけど、ジェンキンスさんを目当てに来る観光客が多いのだろう、入り口に「ジェンキンスさんお仕事中です」と言う様な内容の事を書いた張り紙があったと記憶している。中に入ると直ぐ左手に太鼓番と言う、ここで製造、販売している土産物のコーナーがあり。ここにジェンキンスさんは居た。当方はほぼなんの興味も無いので、奥にある普通の土産物売り場で職場用に土産物を購入した。キニスキー氏はジェンキンスさんと記念撮影し、仕方なしに土産物も買っていた様だ。
しかし、ジェンキンスさん。何を思っているのだろうか。それとも脱走して北朝鮮に走り、曽我さんにひっついて来日し、在日米軍で軍法会議に掛けられ二等兵に降格の上、不名誉除隊となった時点で感情と言うものを捨てたのかも知れない。ほとんど表情もなく、記念撮影希望者には淡々とそれに応えている様に見えた。また売店の売り子の女性がいかにもジェンキンスさんを「客寄せパンダ的」に利用しているのにも心が痛んだ。せめてジェンキンスさん自身が陽気であったら救われたのだが…。3)これも聞いていないが、なんでキニスキー氏はジェンキンスさんに会いたいと思ったのだろうか。なんで記念撮影なんかしたいと思ったのだろうか。ジェンキンスさんの軍人としてのキャリアや佐渡へ来てからの人生、そしてあの姿を見てどう感じたのだろうか…。キニスキー氏の新たな一面を見た様な気がした。

非常に複雑な思いで歴史伝統館を後にし小木へ向った。小木へはかなり早く着いた。11:00過ぎ頃には着いていたのかも知れない。次の目的であるたらい舟の看板に従い進むとその正体が見えた。う~ん、港の端っこにある浮き桟橋から幾つものたらい船が出ている。そして、船着場の周辺をくるくると回っている様だ。なんぼなんでもコレは酷すぎる。料金を見る事もなくこの予定は満場一致で却下となった。

その後、まだまだ時間があったので宿根木と言う過って北前船で賑わった町並みを見学に行った。昔ながらの町並みが保存されており、今でも住民の方が起居されている。それらの中に民家を改築した様な小規模の博物館的施設が二つ、三つあったかと思う。細い路地に水路、村社とノスタルジーを感じさせる雰囲気は有ったが町並みと言うにはあまりにも小規模すぎるそれであった。

車を止めた小さな漁港にたらい船が営業していた。漁港から発着しているのは小木のそれ と同じだったが、周辺環境が小木のそれに比べて遥かに良い様に思えた。いつも営業してるかどうかはわからにが、小木で乗るんやったら30分ほど車で走ってここで乗る方が正解かと感じた。町並みをざっと見学した後は行くところも無いので小木港へ戻った。フェリーの乗船時間まで2~3時間あっただろうか。待合所でテレビを見たり、うとうとしながら時間を潰した。4)この辺は昨日とのトータルでの時間配分ミスですな。

この日の昼飯はここの待合所でソバとオニギリを喰った。キニスキー氏は喰わなかった様だ。当方はなんとかありつけたのでそれで良いのだが、相変わらず…である。

続く

Body:Nikon D610
Lenz:AF-S NIKKOR 18-35 F3.5-4.5G
iso:100
ap:5.6
ss:1/1000
fl:27mm
eb:0.0
soft:DxO Optics Pro10.0


 

宿根木の町並み

細い路地の突き当たり、井戸があった。昔は村の貴重な水源やったんでしょうね。

路地と水路

水路は洗い物、洗濯などその場所を決めて村で共有。これも生活の知恵と言うヤツ。

千石船

宿根木はこんな船の建造や艤装などで賑わったんでしょうなぁ。

 


村社

鎮守さんですな。

海徳山 称光寺

山門入り口脇にある、凝灰岩を掘り込んで設けられた墓所。


References   [ + ]

1. もちろんむちゃくちゃ美味かった。出来れば15尾ほど釣れてたら良かったのだが…
2. 前に来た時も紹介して頂きました。過っては八百屋さんを営んでおられましたが、今は廃業されている様子でした。馬場さんにまつわるエピソードも二三紹介してくれました。
3. これも聞いていないが、なんでキニスキー氏はジェンキンスさんに会いたいと思ったのだろうか。なんで記念撮影なんかしたいと思ったのだろうか。ジェンキンスさんの軍人としてのキャリアや佐渡へ来てからの人生、そしてあの姿を見てどう感じたのだろうか…。キニスキー氏の新たな一面を見た様な気がした。
4. この辺は昨日とのトータルでの時間配分ミスですな。
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