奄美へ

西古見の浜

西古見の浜。ここのドロップオフで見たスミレナガハナダイは駆け出しダイバーだった頃だけに先輩の言葉と共にはっきり記憶に残っている。昼食を取った江仁屋離、三連立神、懐かしい風景、古き良き時代…。

2016年末の28日から2017年元旦にかけて、12年ぶりに奄美を訪ねた。直前の訪問からそんなに時間が経っていると思わなかったがその様だ。その時はダイビング機材を持参したものの元日の御屠蘇が引き金になり結局一本も潜らずに焼酎三昧で帰阪している。ふと、その時すでに陸に上がってたんとちゃうやろかと気になってログを見たら最終ダイブは2007/8/14になっていた。なので、その時は未だ現役だったという事だ。しかしもう少しページをめくると2005年の伊平屋、その前は2004年のモルジブとなっており、モルジブのログには「老眼で引退か」の書き込みがある。ちゅうことはそれから3年、今を去る事10年前に陸に上がった様だ。

そんな事実にも関わらず、記憶と言うのはいい加減なもので、やっぱり奄美と言えば潜りの印象である。実際今回の奄美ツアーは「何回も奄美行ってるけど、潜ってばっかりで観光した記憶が無い、よってベタな観光旅行をしよう」とのS氏の誘いがあったのがきっかけで、そこにタイミング良く、同じく潜り繋がりのY氏からも、S氏と当方に年末に奄美でもどうですかとのお誘いが重なり、流石長年の腐れ縁、以心伝心とはこのことかと実現した次第である。

で、その結果最近恒例になりつつある初日の出遥拝登山に行けなくなったので、キニスキー氏に詫びの連絡を入れたところ、「俺も連れて行けば」と凶器を手に乱入してきたので、S氏とY氏に相談すると快く了解してくれたので「夢のコラボ」が実現した。ところがこの夢のコラボが原因なのかどうか解らんが、度々、悪夢に襲われた。

最初の悪夢は前日に訪れた。帰宅したら母親にちょっとしたアクシデントがあり、最終的に奄美行きの準備をして床に入ったのは1:00頃だったと思う。次の悪夢は翌朝にやって来た。後から思えば、何でそんな事になったのか全く理解出来ないが、関空行きと伊丹空港行きのバス時刻が同じだったという理由だけで行き先の違うバスに乗ってしまった。発車直後に気づいたので、運転手さんと乗客の皆様に平謝りで下車させてもらったがあと1分も遅れたら高速の人になっていたのでどうなったかは定かでは無い。

まぁ、この出だしの悪夢のお陰で元日に帰宅するまで小さな悪夢はあったが、4泊5日の奄美観光ツアーを満喫することができた。良い事も、悪い事も均したらプラマイゼロなのだろう。

んな訳で、28日は無事伊丹発9:30の2465便に搭乗することができ、懐かしの奄美空港に付いたのは11:30頃だったと思う。S氏手配のレンタカーに乗り込み、奄美名物の鶏飯を食べに赤木名の「みなとや」さんに向った。赤木名にもこの店にも思い出は一杯詰まっている。In My Lifeの様なものだ。愛する人が居ない点を除いては。

昼食の後は笠利岬、あやまる岬を巡って、名瀬へ出てとりあえず焼酎を1本買って、夕方の便で到着するY氏を迎えに空港へ戻った。実は、小さな悪夢はこの時に起こった。焼酎を買おうと言う事になり、銘柄は「気」に決まったが、その時12年前に名瀬で車を運転中に「気」の酒造会社を見かけたことを思いだし、その記憶を頼りに西平本家で購入出来たのは良かったが、一般的な?市場価格より400円ほど高い値で購入することになってしまった。う~ん…。1)奄美で焼酎買うならビッグ2がオススメです。

Y氏と空港で落ち合うと、一路、瀬戸内を目指した。58号線を名瀬、住用と進み県道を篠川へ向いさらに古仁屋方面へ10分ほど走ると阿鉄集落に到着である。今回もお世話になるのは自称?瀬戸内町海洋生物研究所理事長、前瀬戸内町観光協会会長2)やったかな?正式な肩書きは失念した、ダイバー民宿おれんちCEOのY氏である。以降、同行のY氏と間違うとアカンので敬意と親愛の情を持ってYのおっさん、又はおっさんと表現したいと思う。念の為に書き添えると、おっさんと言うのは30年ほど前の我々の年齢から見た相対的な表現である。

到着したのは20:00に近かったと思うが、おっさんはプレミア付きの10万すると言うラベルも鮮明で無い胡散臭い焼酎で我々を歓待してくれた。確かに味はまろやかだったので10万の価値があるかどうか判らんが二千円のものよりジョウモノであろうと感じた。3)そう言えば12年前も小汚いビンに入った焼酎を出してきて同じ様な事を言うてた記憶がある。奥さんも遅い到着にも関わらず夕食の準備を整えてくださり酒宴は楽しく盛り上がった。当方は10:00頃にはダウンしたものの、S氏、Y氏とキニスキー氏の3名は遅くまで飲んでいた様だ。時折、キニスキー氏の声が聞こえた。楽しくやっている様だ。良かった、良かった…。

翌日は当初の予定では加計呂麻に渡るつもりだったが、天候がイマイチだったので島内南部の観光と買出し、それと明後日に変更した加計呂麻訪問の下調べに費やした。この時期の奄美らしく晴れ間が出たと思ったら急に雨が降り出す一日だった。西古見の浜、西古見の旧陸軍観測所跡を尋ねたときは最高の日差しで与呂、請、徳之島まで見ることが出来た。反対に湯湾岳登山口にある展望所では突然のスコールとなり早々に退散することになった。そういえば、古仁屋の海の駅にある観光案内所で悪夢が起こった。なんと、加計呂麻に向うフェリーが故障したということで、明後日に復旧するかどうか解らないということである。ひとまず、車で乗船するには予約が必要とのことなので、復旧に一縷の望みを掛けて予約を入れておいた。4)結局、復旧しなかった。加計呂麻で北部の龍郷から来た人に聞いた話によると、フェリーの故障は操船ミスによるものらしかった。就航して1ヶ月の新造船だけに単なる故障と言うのは考え難いと思っていたらしかりである。そして、間の悪いことに加計呂麻から古仁屋で戻る便から再整備した旧船が運航されたのである。明日、釣りしてる間になんとか修理を完了して欲しいものである。

と言うことで翌日はノンビリと釣りに出かけた。場所は特定できなが、古仁屋の一つか二つ手前の入り江だと思う。瀬戸内町海洋生物研究所のブイが設置されていた。きびなごを刺し餌に胴付き三本針。地元のハゼ釣りや投げ釣りに比べるとハリスもハリもケタ違いである。時間にして3時間あまり釣っただろうか。S氏が体調不良と言うこともあり、そこそこ釣果もあったので昼頃に帰港した。昼食を済ませてから、解体ショーが始まった。釣果は30~40センチほどのホウセキキントキが30尾ほどに40センチほどのハージンが1尾。あとはブダイにヒトスジタマガシラ、クマザサハナムロと言ったところ。以前、奄美の北部に居てる時にもホウセキキントキを爆釣したことがある。その時はウロコの処理をせずアルミホイルに包んでバター焼きにして、皮は剥いて喰った記憶があるが、おっさんは干物にするらしく、ウロコを取れとのお達し。ところが小さくて堅いウロコなので全員ウロコまみれになって、ヒレで手を突き刺しまくって、大奮戦。当方はエラと内臓処理担当だったので、ヒレの脅威に晒される度合いはマシだったと思うが、夜、風呂は入るとやはり手はボロボロであちこちが痛かった。

この夜も解体ショーが終わると宴会が始まった。解体したホウセキキントキの頭を餌にカゴを仕掛けると俗に言う上海ガニが20匹あまり獲れた。夕食前の前菜代わりに湯がいたのを3匹ほど食したが相変わらず美味い。そこから、ハージンにカンパチにタイの刺身と続き、確かヤギ汁が出て来たと思う。5)ひょっとしたら前日だったかな。中身は入ってないのでクセはあるが美味しい。しかし大阪では飲まんやろな?!焼酎にまみれてこの日も楽しく夜は更けていった。話は前後するが、村内の放送で度々故障した加計呂麻航路のフェリーの情況が報告されるが、今夕の放送では明日も午前中は残念ながらフェリーが運行されない。体だけ渡って、バスを利用するしかない。残念ではあるが、もう一度加計呂麻を旅するチャンスを神様が呉れたと思い感謝して床に着く。単に酔っ払ってるだけとも言う。

加計呂麻への船は8:10に出航する。歯を磨くヒマなく、用を足すヒマもなく宿を出たのは7:20頃だっただろうか。古仁屋までの時間をしっかりと把握してなかったのでかなり焦ったが15分くらいで古仁屋に付いた。駐車場や乗船場所についても予め調べておいたので、特段ばたばたすることなく、船には余裕を持って乗る事が出来た。ただ、加計呂麻へ着いてからの情報は十分でなかったので、Yのおっさんに聞いた通り、港に止っているバスの運転手さんに相談してルートを決めた。ひとまず、寅さんシリーズのロケ地にもなった徳浜を訪ねた。生憎の年末で塩工房や喫茶店?も休業だったが、青い空と海を満喫できた。浜では御年93歳になるおばあちゃんと会話を楽しんだ。う~ん、大したもんである。

徳浜から一旦、池間港に戻り秋徳を経て瀬相へ戻りそこから15:00前のフェリーで古仁屋へ戻った。この便から旧船を整備して代船として運行しだしたので車も運べるようになったのは前述の通り。神の思し召しとは厳しいものである。

予想通り、加計呂麻では待ち時間が多く満足な観光ができなかった。バスがフェリーの到着時間に合わせて運行されているというのが大きな理由だと思う。フェリーで車を運ぶか、事前に島内のレンタカーを手配しておく必要があると痛感した。ただ、バスを利用したお陰で、季節柄里帰りの家族と出迎えの家族、いつもは離れて暮らす人々が一緒に過ごすひと時を言うのを目の当たりにする事ができた。それは本当に素晴らしい時間と空間だったと思う。残念ながら当方には田舎も家族も無いので実体験することは出来無い。

この日は31日、大晦日である。そして今回の奄美ツアーの最終日でもある。当方のリクエストに応えていただいたのか、幹事長であるS氏のリクエストなのか、それともおっさんのスタンダードなサービスなのか、海の幸てんこもりに上海カニ、ヤギ汁、と続いたディナー。そしてこの日は過ってダイバーとして訪れた頃を思い出させるフルメニュー達成となる猪肉のすき焼き6)当時は猪肉の焼肉だったがまぁエエか。で宴会がスタートした。

嬉しい事に数ヶ月前、グランフロントの近大マグロを喰っておっさんと宴会したときは、酒止めたとのことで飲まなかったのに今回は禁を破ってお付き合い頂いた。健康を害する恐れがあるので申し訳無く思うが、感謝しております。そして、そんなおっさんやわがままな我々の世話に「疲れたわよ」と言うてた奥様、なんならセルフでやりますから、民宿業の廃業は堪忍してください。7)なんと自分勝手な意見なんやろこの夜も飲みながらダラダラ更けた。

明けて2017年元旦。記念撮影を済ませ9:30頃阿鉄を後にした。帰りの便は18:15なので十分すぎるほど時間はある。住用川と役勝川の合流点に広がるマングローブを見学したあと北部へ戻った。ばしゃやまで昼食を取り、ちょっと天気が好転してきたので、笠利崎灯台を訪ね、ホテルに併設された大島紬美術館8)案内してくださった専務さんによると本業は大島紬の織元?が本業らしい。ホテルは副業とのこと。それでホテルに併設されてるんやろねを見学し、ホテルの向かいにある資料館でもイロイロとお話を聞かせて頂いた。時間が余るかなぁと思ったが、この大島紬の話が奥が深く楽しかった。一通り説明を聴いただけではなかなか理解できないところもあるので、整理がてらにまとめてみたいのだが、それをすると長くなるので止める。

ってな訳でレンタカーを返却し、空港に付いたのは17:00頃だったかと思う。荷物を預け、土産物を物色し9)おっさんとこで喰ったゴーヤチップが美味かったのでそれを物色してると売店のおねーさんに「Yのおっさんの一味か」と声を掛けれらた。おねーさんによるとおっさんは10袋単位で買占めするらしい。それはともかく、10%値引きして頂いたことには感謝19:30頃には無事伊丹に到着した。
そして、最後の悪夢が翌日からやって来たのである…。

Body:Nikon D610
Lenz:SIGMA 15 F2.8 EX DG FISHEYE
iso:100
ap:10.0
ss:1/500
fl:18mm
eb:0.0
soft:DxO Optics Pro10.0


 

References   [ + ]

1. 奄美で焼酎買うならビッグ2がオススメです。
2. やったかな?正式な肩書きは失念した
3. そう言えば12年前も小汚いビンに入った焼酎を出してきて同じ様な事を言うてた記憶がある。
4. 結局、復旧しなかった。加計呂麻で北部の龍郷から来た人に聞いた話によると、フェリーの故障は操船ミスによるものらしかった。就航して1ヶ月の新造船だけに単なる故障と言うのは考え難いと思っていたらしかりである。そして、間の悪いことに加計呂麻から古仁屋で戻る便から再整備した旧船が運航されたのである。
5. ひょっとしたら前日だったかな。中身は入ってないのでクセはあるが美味しい。しかし大阪では飲まんやろな?!
6. 当時は猪肉の焼肉だったがまぁエエか。
7. なんと自分勝手な意見なんやろ
8. 案内してくださった専務さんによると本業は大島紬の織元?が本業らしい。ホテルは副業とのこと。それでホテルに併設されてるんやろね
9. おっさんとこで喰ったゴーヤチップが美味かったのでそれを物色してると売店のおねーさんに「Yのおっさんの一味か」と声を掛けれらた。おねーさんによるとおっさんは10袋単位で買占めするらしい。それはともかく、10%値引きして頂いたことには感謝
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