源三位

埋もれ木の花咲くことも無かりしに

源頼政公自刃の地

今年も相変わらず週末になると天気が崩れる。先週も日曜日から金曜日まで晴れが続いたのに週末になるとまたもや悪天候。天気.jpの過去天気を見ると土日の大阪は曇りとなっているが、ウソを書いたらアカン。土日は立派な雨である。幸い、本日、春分の日を含めて四連休になっていたので、晴れの予報が出た谷間の月曜日に京都の宇治まで出かけた。

なんで宇治なのか?来週は奈良へ行く予定やし、四月になったら京都へも行く予定やし、両者の間を取って宇治と言うことになったと言うことでは無さそうであり、有りそうでもあり、ビミョーなところである。

京都にも近いし、奈良にも近い、宇治川、木津川、桂川の三川が合流し淀川となるところでもあり、水運の要衝でもある。古くは応神天皇の皇位継承を巡ってオオヤマモリとウジノワキイラツコが戦ったらしいし、五箇所二子塚古墳はその墳形が今城塚古墳と同じであるらしい事から継体天皇に近い人物がこの地域に存在したことを表しているのかも知れない。宇治川を少しさかのぼった瀬田は壬申の乱はじめ歴史上何度も戦場になっている。また文学においても数年前にイベントなどで話題になった源氏物語が紫式部によって書かれたのも瀬田近くの石山寺。

んな、ウダ話しも似非インテリの当方を刺激したのかも知れない。自宅から近鉄、環状線、京阪本線と乗り継ぎ、京阪中書島駅で宇治線に乗り換え、黄檗で下車、陸自補給基地の前を通って、五箇所二子塚を訪ね、折り返し黄檗山万福寺で木魚の始祖を拝見し、ウジンモワキイラツコの御陵へ向かう途中、居と大学の施設で昼食を済ませ、二子山古墳と思われる場所、宇治上神社、宇治神社を経て平等院へ。

しかし、この平等院、通常の拝観料以外に鳳凰堂を見るのには追加料金が必要とは…。それも時間にして僅か10~15分あまり。その上、院内へ入るには靴を脱ぐのだが、参拝者?にはスリッパを用意せずに、案内係の女性は専用?っぽい履物を準備してたり、写真撮影も禁止とはどう言うことなんですかね。フラッシュをバカバカ炊くアホが多いのが理由なのかも知れんけど、専横を極めた摂関家だけになぁ…と妙に納得?

ただ、院内にあった美術館と言うのか、宝物館と言うのかワカランけど、そこはなかなか良かったです。何が良かったかと言うと、ここ数年、老眼の所為で展示物にのキャプションなどが見難い事が多いのですが、そこそこ大きな文字で採光にも工夫がしてあるのか、結構見やすかったのは二重丸。

最後に正面からおなじみのショットを撮ろうとしたが、天候は曇天やし、鳳凰堂の中は見学者が一杯やし、その見学者の中にもしつこいのが居っていつまでも退場せんし、そうこくするうち正面の撮影ポイントにも人が増えてくるし、その上、シャッター押してくれとおねーちゃんの集団や中年夫婦にも頼まれるし、どないなっとるねん!

ちゅうことで、腕の事は棚に上げて条件が悪くまともなものが撮れませんでした。んな訳で本日のショットは打倒兵士の挙兵するもクーデターに失敗し、ここ平等院で散った源三位こと、源頼政の自刃した扇芝にある石碑。平氏政権下で源氏の長老として清盛にも信頼?され頑張った頼政さん。断罪した清盛共々どんな心情だったでしょうかねぇ。

埋もれ木の花咲くことも無かりしにみのなる果てぞ悲しかりける

Body:Olympus E5
Lenz:ZUIKO ED 12-60 SWD F2.8-4.0
iso:100
ap:4.0
ss:1/500
fl:60mm
eb:+0.9
soft:DxO Optics Pro7.2

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源三位 への2件のフィードバック

  1. 似非法師 のコメント:

    頼政爺は以仁王の院宣をうけてしょうがなかったんでしょう・・・・保元・平治と清盛に協力したんですから・・

  2. admin のコメント:

    似非法師殿

    古いしがらみから逃れ切れなかった光秀とダブりますなぁ。信長の本心は解りませんが、惟任を名乗らせてたくらいですから、実力は買っていたと思うのですが・・・。

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