水を入れるタイミング

お墓つながりで、本日は昔の権力者のお墓のネタ。近畿地方、特に奈良や大阪に住んでいると古墳に接する?機会も多い。子供の頃、藤井寺に住んでいた親戚を訪ねる時、バスから見えた小山 ( 津堂城山古墳 ) や、藤井寺駅から家までの途中に池に囲まれた小山 ( 岡ミサンザイ古墳 ) があったのを思い出す。当時から、前者にはすでに周濠 ( 池 ) はなかったが、後者には今でも立派な周濠が巡っている。

で、この周濠にはいつ水を入れるんやろか?とふと疑問に思った。今まで、彼方此方の古墳を訪ねたり、講演会を聴いたり、サイトで取り上げたりしているにも関わらず、何の疑問も持たなかったのにである。そう思って古墳の設計から施工を経て埋葬が行われ祭祀が済むまでを時系列で考えるとワカラン事が一杯出てくる。ざっと上げると、葺石は何時葺くのか?埴輪は何時並べるの?祭祀は何処で行うの?墳丘にはどこから登るの?石棺はどうして設置するの?果ては埋葬予定者が古墳が完成 ( 何を以って完成かは別にして ) した時存命ならどうするの?などなどである。埋葬そのものについても、亡骸をそのまま石棺に入れるのか、モガリのようなものを執り行ってから骨だけを入れるのか・・・。

ってな具合で、古墳の大きさや、築造時期などそっち方面の研究発表などは盛んであるが、形の無い当時の風習とか政治システムなどについてはそれなりの研究はなされているのやろうけど、なかなか講演会などで発表される事も少ないような気がする。もっとも、多くの遺跡を発掘することによって、それらを解き明かそうと言うのが目的なんやろうけど、その線に沿った講演がもう少しあっても良さそうな気がするのは当方だけか?

話が逸れた。
何時、周濠に水を入れるか・・・。たぶん定説も無いと思うので言うたモン勝ちちゅうことでズバリ「亡骸を安置した石棺石室に設置し、石室を完成させ、埴輪による墳頂部の囲繞が終了した時点」と言う事でどうでしょうか。最も重要な埋葬後の首長霊継承の祭祀は船か渡り堤を使って墳丘に渡り、墓道 ( 隅角から前方部を経て後円部へ通じる? ) を伝って墳丘上へ到り、そこで執り行われる。

課題は主体部に複数の埋葬がある場合はどうやったか?ちゅうことなんですけど、前方部にも埋葬例が見られる古墳の存在が何かヒントになりませんかねぇ・・・

おっと!ここで重大な疑問が。

どうやって水を入れたんでしょう?!

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