佐渡へ…親不知子不知、オカマ、奄美

旧国鉄北陸線親不知トンネル。

今は遊歩道の一部として再利用されている。国道8号に面した親不知観光ホテルの脇から遊歩道が設けられている。手掘りのトンネルで天井部と壁面部でレンガの積み方が違う。

あっと言う間に夏も過ぎ去った。気が付けば今日は彼岸の入りである。数十年ぶりの佐渡行きから戻ってもう一ヶ月、まだ一ヶ月、早い様にもそうでも無い様にも感じられる。佐渡から戻って、10日余り、月末近くにキニスキー氏はスペインへ巡礼に旅立ったが当方はそれ以来ハゼ釣りに出掛けるくらいが関の山である。

スペインとハゼ釣り、それも大阪湾岸となると天と地以上の開きがあるが、悲しいかなそれが経済力の差と言うものである。その上、ちょっとした不注意と言うかどうでも良い余計なところに気を遣ったばっかりに愛機のG7Xを喪失するという大変な痛手を被ってしまった。佐渡から戻ってからはこんなところである。

小木から高速フェリーで上越港へ着いたのは16:30頃やったと思う。佐渡汽船、イロイロ物議をかもしている様ではあるがこの上越-小木ルートは二等でも指定席なので、新潟からの便に比べると運賃は少々割高ではあるが、高速代、ガソリン代を考慮したら関西方面からはお得かもと感じた。さて、この夜は往路で見かけた温泉付きの道の駅で過ごす事になっていた。ただ、それがどの辺やったかははっきりと覚えていなかったので、走りながら探すことにした。まぁ、特に何も無いところなので、見過ごすことも無いと思う。と、思う間もなくそれが現れた。10分も走ったかどうか…。場所は名立谷浜、駐車場には車中泊と思しき人たちが大勢居る。海水浴場もある様なので、そこで過ごしていた人たちも居てるのだろう。タープやテントが張られているのも見える。今夜はここにキニスキー氏ご自慢のテントを張って過ごす事にした。道の駅の飯屋で飯を食って、風呂に入って、コンビニでビールを買って三条の知人に貰った「元祖柿の種」をツマミ簡易宴会突入。これはこれで味わいのあるものである。

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佐渡へ…ジェンキンスさん、宿根木、北前船

宿根木港、船つなぎ石、たらい舟

往時は千石船が入港したと思われる宿根木港。今は小さな漁港と言う感じ。手前の石柱は千石船が繋留された船繋ぎ石。観光たらい舟が営業してました。

昨晩は少し飲みすぎた様に思う。途中トイレに立ったとき。空を見上げたが一昨日の夜ほどはっきりと星が見えた記憶が無い。最初の夜は月明かりがあったにも関わらず、うっすらと天の川が見えたし、流れ星も見る事が出来た。そして、昨晩はなんちゃら流星群がピークやと三条の知人が言うてたので、それが見えるかなとも思ったのだが…。星空を見上げた記憶は今でも確かにあるのだが、何が見えていたかの記憶が無い。

サイズは小ぶりながらも牡蠣、サザエ、あわびなどの刺身に生ビール、日本酒、洋酒が進み、若い人のエキスも加わって飲みすぎた様だ。いつ寝たのかも記憶が無いが、差し込む朝日の暑さと眩しさで眼が覚めた。今日で佐渡ともお別れである。本日のご予定はジェンキンスさんとたらい舟である。口にこそ出さなかったが、復路のフェリー出航時刻が1600過ぎなので時間は無茶苦茶余ると思う。

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佐渡へ…金山とトキ

ニッポニアニッポン

中国からトキを借りての交配増殖に種としてはどうなん?と疑問を持っていたが、遺伝子レベルでは個体差程度の違いしか無いらしい。売店のおばちゃん有難う!

今朝、キニスキー氏を関空までお送りして来た。そう、お大師さんを信仰し南無大師遍照金剛南無阿弥陀仏のTシャツを愛用する彼はサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼へと旅立ったのである。帰国予定は60日後。フランス、スペイン、ポルトガルと世界史に名を残す帝国への旅路だ。空港への送迎の車中、お礼の言葉と共に「ポテト1)どこぞへ遊びに行ったら、帰りにガストなどの安いファミレスで清算をするのが恒例なのだが、その時にオーダーするフライドポテトの事だと思う。でも奢りますよ」と宣言していた。「そんなもん要らんわ」と答えておいたが、今にして思えばセコいと言うか食べない事をヨシとする彼らしい返礼である。(^-^)

さて、話をお盆の佐渡へ戻す。佐渡と言うたら金山である。白雲台を後に大佐渡スカイラインを下り金山跡へやって来た。個人的にはざっと見学した後で昼飯でも喰って、宿へ戻って釣りをするか、多少余裕があれば時間を要しないジェンキンスさんかなと予定していた。ま、全ては金山跡の見学時間次第である。

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1. どこぞへ遊びに行ったら、帰りにガストなどの安いファミレスで清算をするのが恒例なのだが、その時にオーダーするフライドポテトの事だと思う。
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佐渡へ・・・金北山

金北山から望む佐渡中心部と田園地帯。

金北山山頂から望む両津湾(左)と真野湾(右)加茂湖と佐渡空港。ここからは佐渡の中心地が見渡せる。中央の水田地帯の中にトキが飼育されているトキの森公園がある。ジェンキンスさんは真野湾に近い水田地帯の端の辺りにある佐渡歴史伝説館に。

きんぽくさんと読む。単純に考えたら金山の北にある山やから金北山と言う事なのだろか。数年前まで山頂には金率いる北朝鮮の独裁国家の暴力に備えるため1)実際は戦後にGHQがソ連にそなえて建設運用していたらしい。昭和35年に当時の航空自衛隊に移管された。出典ウィキペディア防衛省のレーダーサイトが存在した。ひょっとしたら金北の由来はこっちかも知れない…。(^-^)

もう8月も終わりを迎え、セミの鳴き声を聞くことも殆ど無くなり、飛び交う蜻蛉を目にする様になったが、暑さ真っ盛りのお盆は二十数年ぶりに佐渡を訪ねた。前回は三条市でダイビングショップを営む知人の案内でコブダイの弁慶を訪問したが、今回は知人のキニスキー氏が佐渡へ行きたいということでそうなった。なんで佐渡やねんと言うと「行った事が無い」と言うのと「ジェンキンスさん2)帰って来て調べたら氏は朝鮮戦争時の脱走兵やったらしい。妻である拉致被害者の曽我さんが帰国された後、来日し佐渡に住む様になった様だ。そして、それに際し在日米軍に投降し軍法会議で不名誉除隊と言う特別待遇?を受けているらしい。に会いたい」と言う事やった。当方は佐渡へ行くんやったら前に泊った宿のオバチャンに会いたいなぁと言う事と、トキさんを見たいなぁと言う事くらい。

そこで、佐渡行きが決定した時点で三条の知人に連絡を取り、宿の手配をしてもらった。なんか、オバチャンは体調を崩している様で、最近はあまり家業にも力を入れていない様子なのが気がかりであるが、とりあえず手配も無事終了となった。

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1. 実際は戦後にGHQがソ連にそなえて建設運用していたらしい。昭和35年に当時の航空自衛隊に移管された。出典ウィキペディア
2. 帰って来て調べたら氏は朝鮮戦争時の脱走兵やったらしい。妻である拉致被害者の曽我さんが帰国された後、来日し佐渡に住む様になった様だ。そして、それに際し在日米軍に投降し軍法会議で不名誉除隊と言う特別待遇?を受けているらしい。
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宇智共和国

日本にも存在した共和国

戦国時代、天皇が存在するrわが国に共和国があったらしい。

共和国、解っている様で解らない。そこでググッてみたらそれは「君主がいない国家」と言う事の様だ。君主と言うくらいやから、王様とか皇帝とかその類の人が存在しないということなので、天皇陛下がおわす我が国には共和国など存在しえないはずである。それが中世の大和国、今の奈良県の御所から五条にかけての辺りに存在したという。「戦国時代の大和国にあった共和国」そんなキャプションに惹かれて、先週の6月18日の土曜日に八尾市歴史民族博物館へ葛城市歴史博物館の田中先生の講演を聞きに言ってきた。葛城市の歴史博物館と言うたら、元橿原考古学研究所の千賀先生が再就職されたとこやなぁ…などと思いながら。

ここへ講演を聞きにくるのは久しぶりである。もうかなり前に岸本先生の講演を聞きに来て以来である。古墳の築造企画までとは行かないが、岸本先生も墳丘の平面プランに注目し、被葬者像に迫られていたように思う。築造企画については上田宏範先生をはじめ、宮川先生や、石部先生、関西圏以外では甘粕先生などの本を読んだが、いずれもどこかに「あやふやな部分」があり、「コレやっ」と言うには至らなかったが、少し前に沼澤豊先生が書かれた「前方後円墳と帆立貝古墳」を読み、「コレやっ」と納得するに至った。ただ、その先にあるものをどう捉えるかと言うところが醍醐味なのであって、それには築造企画だけでは迫りきれないのである。

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